「注目させる」という搾取

インターネットとは、「根本に不確実性と広い範囲にばらけたもの」である。この不確実性との結びつきがイノベーションや発明という大きな恵(インスピレーション)を与えてくれる。ネットワーク文化は見たこともない辺境・周縁をぼやけた状態でかいま見せてくれるからだ。

 

そこから本や論文のように不確実性を「動作のバネ」として「調べ」が始まる。そこで本の場合、引用される件数の多い論文というが「注目」される。しかしインターネットも同じ動きをするが、本来その「調べ」はマイノリティに優位である可能性が本より高い。なぜなら経済的希少価値が『隙間』で見つかるほど「関係性の坩堝」であるからだ。

 

しかしそれゆえにその関係のネット性を、より自分に関係深く引き寄せようとする行為が始まるのである。つまり「情報テクノロジー基盤を利用して、現に集積している人間の注目を搾取する」という行為が生まれる。(本書)

 

「集積されたものの搾取」と言うと、K・マルクス氏の資本論のイメージがあるが、「注目」というものは「無意味なマス創造」の外部不経済の発生ととらえた方がむしろ正しい。これは「プラットホーム」だけの問題ではないからだ。「注目」の搾取が「外部不経済」であるなら、それは今後修正の利くもの(厚生経済学)の射程となるであろうからだ。

 

参考

「スパム[spam]:インターネットのダークサイド」  フィン・ブラントン 著