「粘土」という存在は「在る」ものではなく「発見」されたものである。

小笠原森氏はそれを我々に教えてくれる。粘土がけん引してきた確かな流れがある。それは具体的な何かと特定できるまでの状態に至らない、そういう状態で放置されているのが生の粘土の姿だ。そこにはただ量感や肌触りだけが直覚される。そして直接見ている感が強く宿る。

 

参考

「工芸未来派」アート化する新しい工芸   秋元雄史 著