日本語の所在

日本語が潰れそうな時期があった。それが戦後の事務革命期である。欧米の機械化の波が日本語にも訪れたのだ。タイプライター化のようなお仕着せが日本に、そして日本語に、劣等感を植え付けた。日本語を不合理な字数の多い文字体系と錯覚させたのである。

 

この日本語の機械化(事務機械化)を最初に乗り越えようとしたのは、当時日本の中心的産業であった糸へん業界(大阪の紡績業界)であった。彼らは昔からの慣習・日用文字であった「カナ文字」を「国語国字問題」として改めて自覚した。「カナ」は外来語に充てられるべきものではなく、日本語の中心であると考えた。しかし国粋主義者はまだ「ひらがな」を基本として考えていた。

 

しかしカナモジ運動は生き延びた。それがローマ字に通じた。そしてローマ字入力は情報化の技術的問題を解決した。その実は、ローマ字が日本語の「延長」(外延)となっていたからである。

 

「梅棹ローマ字論」は、日本語の精髄を、「音韻論」と「同音異義語」のバリエーションを機械拡張展開できるローマ字に、日本語の未来をして託した論である。これは丁寧な歴史の掘り返しである。そして日本語の国際化の可能性はここにあらわれた。日本語をどこまでローマ字化できるか、これは日本の語彙と思考の未来である。漢字やひらがなにそれはなく、カナにあり、その表記の方法力にある。

 

文化人類学的に言えば、日本の同音異義語は音韻論的に「歌の抒情」を醸し出す伝統ある歴史的変換装置である。それを豊かにローマ字は生かすことができる。

 

参考

「日本語と事務革命」  梅棹忠夫 著