理解社会学・知識社会学・現象学的社会学

本書はアルフレッド・シュッツ氏の新しい知見を与えてくれる。

 

主観的経験としての社会的な知識集積が直接主観的経験として現出することはないが、生活世界は主観により自己と他者が入れ替われる経験値構造を持つがゆえに、理解社会学として有効であり、理念型も理解できたのである。

 

しかし近代、知識経験として自己と他者の視点を入れ替えて理解することのできない事態が発生した。いままで社会をそれなりに構成できた主観による自己経験と他者経験の共通性・理解が、近代の専門化により、主観では他者の専門性をそう簡単には理解できない知識社会になったからである。分業当初はお互いを理解できたが、近代お互いの専門は理解できない。そう言う素人と専門家の両方を同時に背負わなければならない社会人の人生が登場したからである。

 

これは、いままで主観的解釈(一般知識)でも「社会的分配」をかろうじて「均等」に回してこれた生活世界に難題を投げかけている。つまり近代の「専門家としての生活経験」は、基本的に主観(所有物)では理解できない接近不可能領域(異種性)だからだ。

 

参考

「生活世界の構造」  アルフレッド・シュッツ  トーマス・ルックマン 著