「所有権」から読み取る

本書は秀逸である。ヒントが無数にある。

 

ミシェル・フーコー氏が言うように、古代までさかのぼっても、「人間存在とは何か」という認識はまだない。「人間存在の本質」はどこにも見当たらないと。ではいつ発見(創造)されたのか。

 

それはジョン・ロック氏が、人間存在を「労働する存在」と直感した時に始まると言う。「世俗の価値」に降りて来た時から、それは議論の余地がない規定となったと。

 

労働する存在は、資本主義初期によれば「労働力」を売る身体的存在にすぎない。この「身体の所有」がやがて「所有権」という装置に気づかせる。つまり身体の所有は労働と言う人間固有の概念となり、それが「私的」所有権という概念を生んだのである。この所有権(私有財産制度)という概念はやがて「経済」の大きな推進力になる。

 

ここで人間は「神の所有」ではなく、「人間自身が所有する権利」となったからだ。そしてこの所有権が、総体的な人間保障の意味を兼ね備え、「人権宣言」が経済概念の保障と労働者保護の両義性を持って登場したのである。

 

つまり「労働する存在」は「所有する人間」という「人間存在」に置き換えられたのである。こうして倫理(

人倫)と権力は共犯関係となり、現在に至る。

 

 

参考

「権力論」  杉田敦 著