循環と流動性

流動するためには循環がなければならない。また循環がなければ流動はできない。

しかも循環と流動は「最適性」がなければ成立しない。「行き過ぎ」では成立しない。

 

「最適性」は理想のような「形而上学的なもの」をうまく回避する。それは「認識の秩序」と「存在の秩序」を区別することで、問い自体の成長と循環性を、暴走なくその時点で最適化し、さらなる自問の余白を残し、未来につなぐ。

 

資源を考え、1対1対応の比の最適循環を考えれば、性別の差異ではなく、役割の入れ替えでも十分安定社会を得る。

 

「差異」ではなく「共同」という健常より低いレベルに降りてゆけば、世界は合理的により広いつながりを発見する。

 

所詮差別化の最終帰結の「安売り」は創造が「もの」でしかないことを示す。人は「もの」を単なる「もの」ではなく「コト」だと思えば、常識以上に気品ある振る、知的振る舞いをするのである。安いものを与えておけばいいという経済行動は、人類全体への侮蔑である。

 

参考

「海の生き物はなぜ多様な性を示すのか」  山口幸 著

『「アクセシブルデザイン」の発想』   星川安之 著

『絶対儲かる「値上げ」のしくみ、教えます』  石原明 著

「現代デカルト論集Ⅰ」フランス編   デカルト研究会 編

「哲学を回避するアメリカ知識人」  コーネル・ウェスト 著