「『いちご白書』をもう一度」の原風景

三菱一号館美術館「プラド美術館展」を鑑る。

 

すべては風景になる。そこにはなんの違和感もない。

浅草演芸ホール末広亭で落語を聴いていた頃がまさによみがえる。雨の渋谷もまた。

夏目漱石氏が当時感じていた違和感は本当だ。人と風景は分離していた。「卒業写真」もまたそれを描いた。

 

この美術館を囲む中庭に人は風景として溶け込む。プラドの収集もまたすべてが風景に見えた。人にしてその深さは風景である。