言語の自己反省

マラルメ氏の解釈には、「遊戯性」と「公共性」という2つ概念が必要である。

 

「言語の自己反省」とは、堅苦しい「道徳」の意ではない。それは近代における「無名の群衆」の再発見であるから、近代語は「非難の場所」ではなく「遊戯的創発の場」でなければならなかったのだ。

 

つまり群衆の中のこの「非人称性」は、「近代語の意義」として、「公共性の不安定さ」を両義的に補足したのである。

 

参考

マラルメの辞書学」  立花史 著