国民の健康保険と技術的身体設計

ヒューマニズム的でない技術倫理でありながら、倫理は十分無意識に現在の技術に取り込まれている。しかしそのことは再理解されなければならない。それが「技術により媒介された道徳の現在」というテーマである。

 

本書は、生前の胎児について、超音波検査ダウン症検査etc)を使わないことの責任性、検査が可能であるという事実性、その検査に関する「リスク」(中絶・出産などの判断責任)を引き受ける・引き受けないことについての責任をあらためて痛いほど「感じ」させる。超音波検査はまさに「命」についての問題の問い方や答え方にこうして介入してくるのである。

 

つまり検査に関して、決断をしなければならない状況に自分を置かないという選択そのものが、一つの決断になってしまう。こうして技術の登場は、「装置の道徳化」ともいえる現代を示している。

 

この意味で「人工物」は道徳性を帯び、道徳的判断を媒介し、道徳的主体を形成し、道徳的行為者性において重要な役割を果たしているのである。(科学技術社会論

 

実は原子力の平和利用等も、この種の議論の再対象であらねばならないのだ。

想定される道徳的事実、今後の進捗、社会的費用etcである。

 

参考

「技術の道徳化 ー事物の道徳性を理解し設計するー 」  ピーター=ポール・フェルベーク 著