電磁気学と量子力学の違い

無限は「点」のパラドクスである。点を3次元で座標に示すことはできるが、それを「点クラス」で示すとなると、パラドクスとなる。

 

タイヤとホイールは最後に回転の中心で「1対1対応」の「軸」に収斂する。それは軸としての「点」になることから、1=2は無限においてニセ証明となる。線分はこの点という無限において等しい線分になるからだ。これはガリレオの問題提起である。しかしこと「三角形」はどんなに割っても山は1=2(1対1対応においても)になる。この「三角関数」は無限にいたずらされない現在の電磁気学の基礎である。

 

じつは空間の「回転」における「強い非可換性」は、「バナッハ-タルスキーの定理」の核心でもあった。

 

ヘーゲルは「無限」をこう言明する。

「無限には2種類ある。否定的無限と真無限である。否定的無限は果てしのない進行を

いい、これは有限を超えて進むが、どこまで進んでも有限に止まる。これに対し、真無限とは他者のうちにおいて自己自身に止まるところの普遍者。有限なものを契機として止揚している精神・絶対者である。」

 

選択公理」は現在までの「真無限」の扱いではあるが、「量子力学」は「論理」を通して「無限の彼方にあるもの」を凝視している存在なのである。

 

参考

「確かさを求めて」  M・ジャキント 著

「ふしぎな無限」   eー教室 編  新井紀子 監修

新版「バナッハータルスキーのパラドクス」  砂田利一 著