「消費者余剰」の時代における「包括的な富」

「経済」の理解と測定方法は転換期をむかえているという。

そして新たな富の可視化が「本書」の随所にみられるのである。

 

ネットワークで「消費者余剰」が限りなく生まれている現在、「生産性」という量や形で測れる物質は減ってきている。あらたな見えない効率が生まれているのである。

 

そう考えるとGDPは歴史上、価値と価格の総体を「可視化」してきたが、もはや「測定」するものではなく、見えるものだけを「規定」する貧相な思考と言わざるを得ない状況である。

 

測定するものから規定するものへの堕落は、経済の誤解と会計学の衰退を明らかに招いている。つまり生産性という「監視」のもとでは、今後の「長期的成長」のための科学やアートの資金集めが難しいからである。

 

本書は「資本」から「包括的な富」の指標が今後の「インフラで」あることを示唆する。

 

参考

「GDP<小さくて大きな数字>の歴史」  ダイアン・コイル 著