自動生成(脱領土化)

歴史における「ネロ」化の現代的解説こそ本書、「リトルネロ」(リフレイン)である。本書は「領土化」よりもより超広大な「脱領土化」が肝心な場所に、強度の波として飛びかかっていく物語である。

 

そのなかでも物語は、「主体性」の「自動生産装置」である。そして生産装置内にある資本を「物語の主体」がさらに全体化し再資本化し「強度」とする。つまり物語は、生産過程内に内蔵されていた自動生成装置の「目覚め化」である。

 

本書「リトルネロ」は、「真の機械状音楽」の側面を中心に語る。「公理」的な意味において脱領土化された音楽「記号」は「存立平面」の原型であり、言表行為の主体を「無化」する。すべてと無の間を縫合するのである。これが脱領土化でありながら、「実存的領土」という人間の「意味機械」である。

 

そして「形式」は、形成する一方で、たえず物質も実体も脱領土化し、再領土化する「触媒」となるのである。

 

参考

リトルネロ」  フェリックス・ガタリ 著