統計学の名誉教授

「科学vs反科学」は、「量的vs質的」な尺度の対立であろうか?

科学は、「法則定立」が目的であろうか?

客観的に観測されたデータ(量)から法則を取り出すことは、自然科学についての誤解に基づく「極端な経験主義」だと本書は言う。

 

経験的データは、その背後にあると考えられるメカニズムと同じものではなく、その手段にすぎない。たとえば「合格の可能性」という見えない要因までである。

つまりそれは「変数」であるが、それは「ケースの間で変わりうる」。しかし実はその「尺度」(間隔)が「質」なのである。ケーススタディとは、ストレートに「間隔」化である。

 

合計特殊出生率は「人々の結婚や家族や育児についての考え方」を根本的に変えるものではない。そこにある人々の思念の中身はまだ表現されていない。年齢に対するコンプレックス(社会的複合)なのか、収入に対する「社会的評価」なのか。

しかしその「質」は実は、「量」の思念(社会化)が決めているのである。

 

無作為抽出とは「デタラメ」ではなく、誰もが同じように思うという「コンプレックス」(複合)を意味する社会的バイアス(偏向)の作成である。つまり「等しい確率」で選ぶという「社会性を負わせた人為的な設計」のもとでの「周到な計画」が練られたものなのである。

 

参考

統計学入門」  盛山和夫 著