爛熟(風流という能力)

「溜め」ようとしては、あの「多産・多様」」を説明できない。

それが「ガロ」という時代である。

 

「風流とは、風の流るる、何も身に留まらない、滞らない状態で、無能に生きる覚悟が象徴されている。少しでも留めようとすれば蓄財となり、滞れは執着を生じ、欲や見栄に囚われて、無風流、野暮となります。」(無能の人々 ガロ 1991年)

 

ガロの漫画は見た目「何も残らない」。しかしその野暮(無能)に多産(風流)が隠されてていた。執着しない生き方(ガロの時代)は、高度成長・バブルの経済をこうして「爛熟」させたのである。

 

スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウエイの「ロスト・ジェネレーション」の時代のように。

 

参考

「創刊50周年「ガロ」という時代」  青林堂