年齢意識の社会学

年齢で社会をまとめることは一見合理的であった。公共政策(官僚制度管理の拡大化)もそこに目を付けた。こうして「年齢」を基準に世界は合理的に動き出したつもりだった。

 

しかし現代、年齢という自動的な加算、リニア意識(直線意識)では何も乗り越えられない。むしろ現代、この国民の持つ強い年齢意識の迷信(社会意識)が、社会性(機能)をより混乱させているのである。

 

この年齢意識の歴史は、子育て(非リニア)・教育(非リニア)に大きな錯乱を与え、いまだ「リニア」を押し付けている。そこから女性等への差別的・格差的公共政策などが無意識にいまだ取られているのである。

 

税金を「年齢局所」にいくら頭デッカちに合理的に投入しても、年齢意識(主観・客観)の「桎梏」からは離脱できないのが、現代の差別・格差社会隠れ「キャラクター」である。

 

年齢意識のバイアスは、「時間論」と矛盾するのである。

 

参考

新装版「年齢意識の社会学」 ハワード・P・チュダコフ 著