推敲

フジテレビ「ボクらの時代」で音楽クリエイターのヒャダイン氏はこんなことを言っていた。

「何度も書き直しを求められても平気になった」

これは真髄である。そこから彼の才能が開花したと推測されるからだ。

 

それは「自・他」という二項対立的「意思」の問題ではなく、「推敲」と同じだからだ。

ラングとパロールの関係と同じである。これは伝達の秘密を意味する。

地球と先端技術が「錆で錆を制した」(地球科学)ように。

 

「社会的流動性」のように、世界は何度でも書き換えられる可能性を持つのである。

「市民」という言語ができたにもかかわらず、「平和」を導かないのは、市民が歴史的に作られた「理念系」で、むしろ「決して交わろうとしない」概念だからだ。市民はむしろネイションより頑固であり、書き換えない。

 

伝説は、一度は「神」の意思を介在させるが、そのあとは人間の「心性」にゆだねられる。

神の災いが降りかかったのは、神に対する意思疎通が足りなかったわけではなく、人間が人間同士として意思疎通を図らなかったことの関係修復にもとめられるからである。

 

 参考

「市民の共同体」   ドミニク・シュナペール 著

「格差の世界経済史」  グレゴリー・クラーク 著