別ルート

対象の存在は「別ルート」で信じてよい。それが「介入実在論」「操作実在論」「対象実在論」であると、戸田山和久氏はイアン・ハッキング氏の科学的実在論を説明する。

 

ジャック・デリダ氏の「決定不可能性」は、「新たな決定可能性」であると高橋哲哉氏も説く。それは文学から法学へという流れを言語の「別ルート」でたどる。

つまり言語は他者に正確に伝えるものではない。もし正確さが売りなら、それは支配という原初的暴力性を含んでいる。しかし言語は決定不可能性という物語の創造力(共有)に向かう。ステファヌ・マラルメ氏の創造のように。

 

法もまた正義という原初的支配の暴力性(決めつけ)を持っていた。しかしその後、法の文言もまた「他者の存在」(決定不可能であるが決定的に存在する)という擁護認識的創造力を豊かにしていったのである。

 

参考

デリダ」  高橋哲哉 著

「表現と介入」  イアン・ハッキング 著