リユースと安心・安全(流行論)

考え方のヒントと同時に、その現代的無力化を考える。

 

衣類の中古市場は低所得者のフィールドと言われているが、流行もあることから、新品との価格比較は必ず行われている。自国の衣料産業が輸入中古品に比べ雑であるとき、中古は好んで着られ、自国の衣類産業は育たない。ここで産業の発展段階において矛盾が生じる。

 

これは歴史において世界をめぐった思想・考え・技術の伝搬の流れと似ている。

最後は、どこで、誰が、「廃棄とするか」がまだ見えていないということだ。

 

ピケティ氏は「自由とは何か」のなかで、株主の権力行使を「権力分散化」せよと面白いことを言った。つまり株主は「ポートフォリオ」(分散)でリスクを回避しているのに、ある意味株主は直接対象を支配したがる。

 

安全・安心も力の分散化にあると思われる。世界が一つになった場合、そこにたぶん自由はない。巨大な力が一つで支配する。現代の小競り合い世界、今後の予想は効かないが、まだどこかに力を逃す偶然が複数存在するだけ、逆に安定的であると言える。

 

   ー 分散システムとレトロモダンの環境について ー

 

 

(最終構成)

現代は能力の末の無能力化の時代である。これは悪い意味ではない。能力主義で思い上がった力学を無能力化し安定を与えるものである。つまり現代は知らぬまに成長し、密になりすぎて相互依存的であるゆえに、逆に個人の能力では行く先が計り知れない影響を受けるということである。ビデオテーブ規格において、VHSとベータの軍配が根拠なき「表裏」であったように。しかし無能力化した現代こそ逆に密の時代であるという逆説は、自己に新しい「気づき」を与える高度な成長過程である。始まればその行方は分からない、だから自己の能力ではなく、人々と共に生きるのである。

 

参考

「国際リユース発展途上国」ー越境する中古品取引ー  小島道一 編著

「トマ・ピケティの新・資本論」  トマ・ピケティ 著