「遅れてきた青年」と地政学の真実

明治維新前後生まれの日本知識人がイメージしたロシア」

木村崇氏の二葉亭四迷論を読む。

 

二葉亭四迷氏が「維新の士」に言及するとき、世界地図上の攘夷は欧米列強よりも地政学的にロシア向けであった。「維新の志士肌」なる彼の言説には維新に「遅れてきた青年」の憧れ的矛盾がある。それが帝国主義社会主義の混同・両義である。

 

社会主義は国家権力に反発する方向に働く概念であるから、帝国主義は逆に国家権力を志向する方向性を持っている。つまり両者の対ロシア的混同・両義性、それは国家権力に近づき、その力を対外的な方向に向かって働かせたいという熱情を意味した。

 

しかし「維新の志士肌」とはむしろ、何物にも干渉されないより良き社会を作り出す方向に向かうという意味を含有していたのかもしれない。つまり二葉亭氏は、帝国主義社会主義の間を終生行きつ戻りつしながらこの混同・両義の中で対ロシアに対し「幻滅・敗北感」だけを味わったのであろう。

 

マルクス氏の先在性→追って日露戦争→まだ見ぬ十月革命の歴史解釈は、二葉亭四迷の生涯を飛び越えているが、その道筋を明らかに意味して通過している。

 

後世に引き継がれた「志士肌」は、開国や攘夷や尊王思想ではなく、「地政学的」に社会主義帝国主義の「間」にあったと今「時代」は考えるべきである。

 

参考

「日ロ関係 歴史と現代」  下斗米伸夫 編著