学問と危機管理の関係(知の行方)

「新聞をなくして政府を残すべきか、政府をなくして新聞を残すべきか、そのどちらかを選ばなければならないとしたら、私は後者を選ぶ」 トマス・ジェファソン

 

上記が極端な例えとしても、もし新聞を選ばなければ、我々の「知る権利」「学ぶ権利」が過去の治安維持法(危機管理法案)のように、「愚民政策」により奪われてしまうからだ。学問や国際感覚は現代の「危機管理という言葉」で、いとも簡単に奪われてしまう可能性があるというのが世界的(グローバル)な実情である。

 

「危機管理」法案は、今ある知的世界(自由)をいっそう縮小・衰退・萎縮させ、未来の創造力を奪う可能性を著しく高くすると思われる。

 

考えない者・思考しない者が委ねる受け身の未来(危機管理的政治の未来)に、人々が望むものは決して現れない。

 

参考

青木理の抵抗の視線」  青木理 著