ルース・カップリング(公共と国際の共通)

意味の無意味な混在はいまこそ整理しなければならない。

「内なる国際化」は進んでいる。

 

その意味は、「多文化共生」している地域こそ幸せ感が大きいことを意味している。むしろ公用語など、無い方がより良いとされている。そんな中でマッチングやカップリングの経済学が企業や地方公共においては、組織論を超えるものとしていま注目されている。

 

地方は多分、都市よりある意味で国際化している。なぜならそこでの居住内容には、新旧の意味や、さまざまな段階文化が世代とともに、「多文化共生社会」のように存在しているからだ。それゆえ海外の人を惹きつける国際感をも持つ。それに比べ都市は、画一化(量化)をあてがわれ満足する。その中で、画一規範の中で競い、優位を旗揚げすれば、だれもが注目する聴衆を同時に大量に得ることができるからだ。

 

つまり現代、公共のイメージは転倒しているのだ。

つまり本質としての「配分」の意味を新たに理解する。つまり「足る」(バランス)を知るのである。

 

画一効率(獲得数量・領域パイ拡大)ではなく、マッチングやカップリングという細かい経済部分が持続可能性(長期)という伝統文化(公共)を支えてきたという逆説をいまこそ理解するのである。

つまり「ルース・カップリング」という組織のようで組織でない組織、それが心地よい「多文化共生」たる国際化した「公共」であったことを今更知るのである。

 

 

参照

「コミュニティ通訳」  水野真木子・内藤稔 著

「公共マネージメント」  田尾雅夫 著