恩寵

能力と努力の関係を検証する。

能力を身に着けるために努力するのだろうか?持てる能力はそのまま、荒磨きのまま使用していいのか?

 

能力のためには確かに努力が必要だ。しかし通俗的な意味ではない。努力は能力を高めるためではなく、持てる能力を制御するために必要なのだ。そこにはじめて「社会的有用性」が生まれるからだ。

 

「テクノロジー」が見つけたのは間違いなく「能力」ではなく「制御」の概念である。

そしてそれを見つけたのは能力の人ではなく、失敗を繰り返しながら粘り強く自己を制御した努力の人であることは間違いない。そしてこれが社会に認められた理由である。その意味でテクノロジーは人間を超えた有用性のように思われるが、いつまでも「人間性の範囲」である。

 

社会性で重要なのは制御という「総和」であるからだ。それがうまくかみ合う(協働)ということだからだ。それは能力以上に総和で勝るということを発見したからだ。

 

たとえ努力が能力として身につかなくとも、努力を身につければ制御は身に付く。

制御が身に付けば人生は抑揚を持ち幸せであり、そしてその社会生活は能力以上に人に恩恵をあたえてくれるからだ。

 

今後努力は益々の制御機構の発見を期待し、制御機構はますますの人間的努力を期待するのである