人間社会の生物学文脈について

人間世界を説明するには、「生物学的」説明が最も適している。それこそが「自然科学」の真骨頂だからだ。

 

つまり「食物連鎖」に頂点はあれど、そこには「バランス」があるということ。実は「頂点は見せかけ」であり、バランスの下位概念にあるという事実だ。人間もその例を漏れない。バランスこそが頂点(ノード)なのだが、人間はいまだにその表現方法を知らない。

 

民族問題・宗教問題・植民地問題等を「選択毒性」(民主主義・グローバル化)で人間社会は乗り越えてきたが、その結果あらわれたれたのが人間社会の「腸内細菌」(比喩)ともいえるもののバランスの変化である。そしてそれは感染症等を生んだ。すなわち耐性細菌の時代が生まれたのである。多様性のなくなった独占の世界、それが耐性菌の正体である。

 

「経済政策」という「抗菌性」の「スペクトルの広さ」は選択毒性以上にもともとあった耐性菌により力を与え、変異さえ生んだ。実は耐性菌の概念とは上位や下位のどちらかに当てはまるものではなく、上位と下位の極双方にまたがる両義性である。それゆえ多剤耐性菌がその概念を示す。

 

つまりすべてが「少数派」という「多様性のバランス」が崩れると、「自然淘汰」できなくなり、耐性菌に変化した「独占」だけが生き残るという「格差」(乖離)が「上段と下段」だけに生まれるのである。

 

参考

21世紀の政治と暴力 」   大串和雄 編著

「最新 抗菌薬の基本と仕組み」  深井良祐 著