統治の脆弱性(グローバル化と安全保障)

自身の脆弱性という各国の問題性から紐解く。

 

中国自身の統治の脆弱性も日本の脆弱性も中身は同じである。

経済成長には関係なく、不満に関係がある。統治力という政治的政策的無力からくる格差はその国民不満であり、そのはけ口を自由移動(資本移動や産業構造移動)させようとするグローバル化規制緩和)や安全保障は、単なる政党自身の自己防衛であり、国民の税金をムダ使いするものである。脆弱性を他者の影響下の所為にし、自己への求心力を集めるための暴力的演説に歴史はいままで大きく翻弄されてきた。

 

日本の資本主義も、日本資本主義の特別な歴史構造があるわけではなく、資本主義日本の歴史構造という具体像「開国と商人(金融)の対応」、振る舞いがあっただけだ。それが大日本帝国憲法)へ向かったのである。

そしてその流れをつくったのが開国論者ではなく、幕末から維新の「攘夷」のリーダーたちであったことが歴史には示されている。吉田松陰氏や「松下村塾」、「明六社」の福沢諭吉氏、大隈重信氏を政府から追放した伊藤博文氏もしかりであると本書は言う。

 

自己統治の脆弱性からくる現在の世界は、勝海舟氏がたくらんだような「攘夷のための開国」(帝国主義)というグローバル化の安全保障に近い言説をあきらかに含んでいる。

 

参考

シリーズ日本の安全保障5「チャイナ・リスク」  川島真 責任編集

「資本主義日本の歴史構造」  石井寛治 著