国民の満足

統計学の資料をいかに理解するか、それには理論の組み立てを「先行」させる必要がある。つまり資料は事前にも事後にも意味(解釈)を変えるということである。つまり出口調査で意味を変える。

 

本書にある外需主導から内需主導へと経済構造転換を考える必要があるのは、国内消費の拡大がすべての効果的循環であることを中心に据える必要があるからだ。

 

自然法的国家観においての「租税」は、国家に対する国民の単なる対等の「反対給付」であったが、アリストテレスの有機主義的国家観では、全体は個人を超越し、国家が個人を超越するため、個人は「納税の義務」を負うことになる。そしてそれは必然的に「社会政策」を基調とするようになった。

やがてそれは19世紀後半ドイツの財政学者ワグナー氏が言う「国家活動膨張の法則」を生む。そしてそこに租税の「転移効果」なる神話(カリスマ指導者を含む)が生まれ、「政府支出水準」が「もとの水準に下がることはなくなる」ということになったのである。

 

しかし本来政策は「生産性」にはなく、国民の満足行く「消費拡大」にあったのである。国内内需がなければ為替の影響を受けるだけでなく、必要とされない生産性(需要無き生産性)への投資は必要のない空回りとなる。つまり国内の国民満足は、単なる快楽主義を意味するのではなく、経済成長には外需依存の生産性向上政策より消費拡大(内需拡大)がより良き循環を示すのである。逆に生産性を中心にした政策は、浪費・無駄の循環を生み、財政(支援)出支は悪化するばかりである。だから真の満足こそ、効率あるいは「消費」だったというわけである。

 

不安定な人生のなかで、天才(人材)のような創造才能がなくても100年企業たりうるサービス業が今後必要になる。短期間で簡単に潰れてしまう戦略企業に長い人生を安心して委ねるわけにはゆかないからである。特別な才能がなくても地道な努力で続けられるサービス業にシフトすることは、人間性の雇用・賃金快復でもある。

 

 参考 

「日本経済が何をやってもダメな本当の理由」 櫨浩一 著

「統計で見る世界」  竹内啓 編

「新財政学」   里中恆志 八巻節夫 編著