知のバリアフリー

自立と支援は対立しない。自立が独立して存在でき、他の個体からの支援を受ける必要がない、他の個体に依存したり従属したりすることがないなどと、現代思う人はいない。介護や福祉に「自立支援」という言葉が存在してきたからだ。身体の所有権が「所得」に完全還元されることはないからだ。こうして不自由さは英知をもたらしたのである。個人主義では生命の危機に瀕する、それが現代社会である。それゆえ支援は社会生活に必要な円滑剤であることが読み取れる。それは決して迷惑をかけていることではない。共存・共有は、こうして個人主義の危険を、現代は読み替えたのだ。つまり支援がなければ社会は逆説的に不安定になるのである。

 

こうして真のバリアフリーが単に障害除去ではないことがわかり始める。真のバリアフリーに立脚するということは、「障害学習=障害を通じて学び合うこと」である。そのために障害は逆に必要であることがわかる。商品化として障害除去をすることは、ガラパゴス化(無駄な多機能)を示すだけで、人間の進化能力を止めてしまう「有難迷惑」である。障害で学び拡げるということは、健常(既成概念)とは違う「思いもよらぬ脈絡」(ポアンカレ)を見出すことである。そこで初めて「人間は何のために生きるのか」「何のために学ぶのか」ということを職業の前に学ぶのである。「障害学習」は「学び」「生きる」ことにダイレクトである。

 

 

参考

「知のバリアフリー」  嶺重慎 廣瀬浩二郎 編

岩波講座 コミュニケーションの認知科学5 「自立と支援」