書相

「サイン」でもなく、「印」でもない、それが「書相」である。

 

統一的音声言語が存在する以前、東アジアでは「筆談」が意志疎通の手段であった。

それは詩の応酬現場(祝祭・風雅の場を含む)から始まる。これが書相という外交(政治)の始まりである。

 

それゆえ「書」とは「外交文化の華」であり、「詩の具現化」は、「内面や人格の具現化」の試みであった。これは象形文字とは違う「筆談」という「心理的試み」である。

それゆえ日本でも文化人や政治家は必ず書を教養として残している。

 

本書の言うように、外交の作法とは東アジア流には「筆談」「漢詩」を書くことであり、それにより「経学」という政治を司ったと言えるであろう。

 

このアプローチは文化人類学言語学とは違う「東アジア」を意味する。

書の嗜みこそ「日本政治」であったのだ。

 

参考

「政治家と書」  松宮貴之 著