機序

「ローレンツの幼児図式」は、攻撃行動を抑制させるとともに、援助を促進する「養育行動」を発現させる、解発刺激として作用することを、認知基盤としても認めているのである。 参考 「日本のサル」哺乳類学としての二ホンザル研究 辻大和・中川尚史 編

日本が変わる

本書は秀逸である。 間違いなく日本が変わる、私のなかで。 キーワード:ブランクリー「日本」 高島捨太「日本生活の図絵」 参考 「異邦人から/へのまなざし」 白幡洋三郎 劉建輝 編著

ゾンビ哲学とクオリア(復活のテーゼ)

悪口は不幸自慢と同じである。復活するには状況が自分自身のクオリアとして整っていない。

アンセルムスとスコトゥス

カンタベリーのアンセルムス氏とヨハネス・ドゥンス・スコトゥス氏の推察に対する試論に史料は少ない。 しかし現実に存在する方が、人間が内に持ち、理解しているものの方より、はるかに大きいのは事実である。 それゆえに知性は「個」を捉えるのであり、決…

「移動者の資料体」と「移動する資料体」の古今東西ビジネスモデル

倭寇は「見かけの属性」かもしれない。 掲げられた旗は直属のものかもしれないが、それは固定的な専属関係を意味するものではなかった。 実力主義から、公権力の通行書よりも、旅先地域の有力者の書状がよく携帯された。 戦火のなか、移動者の資料は、移動す…

群島

群島という離散的集合の置き方について、そこに示され実現される未来は、すでに創造されたものからの解釈である。

「記譜法」(スコア)を示す

「都市と記号」についてはかつて書いた。国単位ではなく、都市単位の時代は、記号により実現した。都市は離散的に、どこにでも存在させることができる。非歴史性は整っている。 それは「絵画的再現」から「音楽記譜法」にいたる記号システムにより理解できる…

「内向と外向」試論

内向と外向は先天的なものではない。 内向的と言える人間は魅力のない人間ではない。むしろ外界のアプローチを受けすぎて、対応困難を自覚し、あえて内向的に見せているのである。そこから本物の内向は「無視」しているという社会性の誤解を受ける。しかし内…

世に出る「言葉」と「不愉快」を演出する人々について

自分の不愉快を「演出」し、社会にその不愉快を噴出させる病理的な人間(劇的人間)の傾向については、「挑発」の出どころを「挑発」することから始まったのである。 参照 続きはホームページを参照

インフラ・対応

インフラとしての鉄道と電信、その駅の間隔とモールス信号の間には、その発展の意味がある。 何かを置いて行くのであるが、それはまた戻ってくる地点でもある。 参考 「近代日本 製鉄・電信の源流」 編集委員会 編

世界肯定という完結

「死生観」の中には、「生死観」たる「別れ」はないから、「時間循環」(往来)のなかにある。 死生観は「世界との和解」の産物であるから「心の平和」である。これは「自分自身との和解」であるから「生死観」ではない。 終わりよければすべて良し。それは…

聴覚映像と身体

その爪先に耳をもつ者こそ、舞踏家なのではあるまいか? - ニーチェ - 演奏会で「聴く」バレエは、聴きどころを集めている。音楽は身体を通しての、「視覚化」を意識していたのである。 参考 「ダンスと音楽」 クレール・パオラッチ 著

「脱落対象」論

基本「一周して先頭に戻る」というのは、言語も数学も2進法も利用している「対応公理」である。それが「差延」(ずらす)という調和振動子の理念を育む。この関係において、将来「数」自体は暗号にあまり寄与対応しない。暗号と暗号解読は「創造」であるか…

楽屋落ち

「楽屋落ち」とは、作り手が「主役」になりすぎて、意識せずに「盛り込んで」しまう事を言う。それは時間の無駄となる。 労働者の方はモノに比べてはるかに「機動性」に乏しい時代に入る。それは時間の無駄になる。 装飾芸術と広告は、「イメージの力」を獲…

極限

あんまり人なっこ過ぎるのは、どこか「芯」が薄情に見える。そしてこれは「文学的運命を極限まで試験」することだ。 人麻呂を宮廷歌人として見るよりも、宮廷儀礼歌とは別に、「私的な世界」を対象とした歌を「披露する場所」があったところに、その伝承伝説…

「中庸」講

「中東」という呼び名は、イギリス(ロンドン)が位置付けた呼び名であるが、宗教上からも、この命名に中東は不満を持っていない。日本は極東とされるが、中東は東の仲間であることにむしろ満足している。また宗教上、人の生き方(人生論)を主題としたもの…

「束ね」理論と宇宙への関与

本書は人を鋭敏にしてくれる。 ナイトスケープは、視覚の支配から人を解放し鋭敏化する。そこには地面のような固定的なものから、天空の流動的な景観が、はじめて現れる。天体の天体、まさにブラック・ホールは、鋭敏に流動的な暗黒物質・暗黒エネルギーを理…

能楽全体の面白さ(「物狂い」の重視)

「花」はその「幽玄」に、天照大神が岩戸を少し開けたとき、神々の面が白くなった、という心理表現をつけ加えた概念のように思える 「風姿花伝」世阿弥 - 田中英道 ー 参考 「芸術国家 日本のかがやきⅢ - 室町時代から現代」 田中英道 著

ヘテロ的接合型

生活や労働には、当然の理由として意味論的変化、すなわちマックス・ウェ―バーが目的のヘテロ接合型と「読んだ」ものが当然現れる。つまり半導体の意味論もこの図像的記号論理学による変化を反映しているのである。 参考 「中世仕事図絵」ヨーロッパ、〈働く…

自発的対称性の破れと自力

自分は変わらなくてもいい「武器」を持っていると思っている人がいるが、それは他力という左右対称性に支えられている。 自力の発見はその意味で自発的対称性の破れである。それは他者からは決して来ない自力である。

共同プロジェクトへの参画(新対象関係論)

たとえば航空機の安全運航を支える基準・規約の体系が、越境や不時着の問題から重大視されたのが事の始まりのように、何が知として横断しているかは、共同プロジェクトに積極的に参加して見なければわからない。歴史もまた人的資本に還元された主体から、人…

流出説と問題系

汝自らの魂の内を見よ。自らが美しくなければ、自らの行いを清め、自己のうちに美が見えるまで努力せよ。神すなわち美を見たいと欲するものは自らを神に似た美しいものにしなければならない - プロティノス - しかしその後、この美学的魅力はさまざまな意…

「否定神学」講

騎士はやがて傭兵となりながら、その行動規範の一部は、マナーやエチケットとなる。この「分離」はいかにして起こるのか? 外部へと無差別に流れ出る先行き不安は、否定する傾向を内向に持つことになる。 「否定神学」的生命主義がそれである。この無意識は…

時間結晶と時間対称性(準安定領域と多孔理論の総復習)

離散的時間並進対称性と非平衡相転移現象のあいだに自己組織化はあるが、それは熱現象でありながら準安定領域であるという自発性にある。 キーワード:レトロウイルス 結晶 生命 量子相対性 時間 経路積分

乱数

AIは完全に理詰である。その思考は単純だ。ただよい手が2種類以上ある局面では、「乱数」を発生させて「手」を決めることはある。 参考 「人工知能はいかにして強くなるのか?」対戦型AIで学ぶ基本のしくみ 小野田博一 著

面白い

本書は実に面白い。 まさに「くそ真面目な精神に没落の日は駆け足でやって来る」(J・P・サルトル) 真面目「キャラ」は不自然ということだ。 旅館と「席貸」の違いと、文人の「宿」のトポロジーは、地と図を往還する、空間のポリフォニーである。 単に個…

勢いの意味

弱みは顔と身体にあらわれる。 くらべてみるとよい。 悪意の現れと、虚勢の相乗効果は「時間的」に無意味である。 真の勢いは顔と身体に輝きであらわれているのである。

高エネルギー(物理学のテクスト)

未来への片道切符、それが宇宙(スペース)であり、高エネルギーの世界である。永久機関は戻るべきエネルギーステーションを持たない。どこかで「補給」することなく、その場の環境エネルギーを使い進むブラックホールのようなものだ。ウィトゲンシュタイン…

報道ギルド(予算・組織・組合)

「NHKは言論機関ではない。事実をありのままに伝える報道機関である。」元NHK会長 前田義徳氏 しかし「予算」は「国会承認」である。「政治」の影響を受けないことは難しい。やがて「ジャーナリスト」という経験から得られる個人の能力も組織自体に飲み込ま…

希少性(芸術史と一流史)

経済と芸術の「希少性」を考える。 1776年ルイ16世の勅令のおかげで「ギルド」が廃止され、レストランはいろいろな調理品をメニューに載せられるようになる。 やがて評論家と料理人は、新たな「芸術」という関係を結ぶ。料理人は評論家により芸術家と見なさ…

パンの会

江戸情調と異国情調は、視覚としての「詩的言語」を生んだ。俳句に「映像化」要素が重要であったように、小林清親氏の「絵」も、豊富な「言語」を持っていたのである。 キーワード:萩原朔太郎

問題意識と量子メタ物理学

ミクロとマクロの世界を分ける「境界」は存在しない。なぜなら古典的な世界はどこにも存在しないからだ。 視覚や聴覚はウェーブレットに似たテクニックを使っているが、フーリエ解析が適合しない問題もすべてウェーブレットだけで解決するというような希望は…

バビロニア数学試論

G・カントール氏は言った。「数学の本質はその自由性にある」と。 この言葉は、「バビロニアの数学」を「読み直し」(試論)て、はじめてわかる「作法」である。 バビロニアの数学は、「面積・体積」を「重量」と考えていた。それは「度量衡」が「運河と灌…

「スウィング」のイデオロギー

本書は、秀逸である。 フィッツジェラルド氏の「ジャズ・エイジ」の時代は、まさに「国策」(民主主義)から始まった「ディアスポㇻ」である。それは人民戦線のイデオロギー・冷戦リベラル・公民権運動と近い位置(プロパガンダ)にあり、その「象徴機能」は…

「表現の自由」は特別か?

本書は名著である。 表現の自由は特別か?これは憲法論的な要請である。 エマソン氏の「修正第一条の一般理論に向けて」を読む。 1、表現の自由は、個人の自己充足をはかる本質的な手段である。 2、表現の自由は、知識を高め、真理を発見するための本質的…

自己意識の「構造」

自己意識は、意識を欠く分離された「接近不可能」な自己と共にあり、通常はこの二つの中にまどろんでいる。ゆえに自己意識は「隠された観察者」からの返答を持つ。自己意識には「第二の登場人物」がいる。「自明性」のゆえにこそ「匿名」にとどまるこの次元…

戦力と言う影

「障害」の発見が、「排除」に最も結びつきやすいのが、「戦争」である。「優生思想」は戦争と絡みあって展開されてきた。1940年の「国民優生法」がそれだ。戦後は「優生保護法」と名を変えた。つまり「戦力」とならないものは「国」のコストになるとい…

二つの疑問

1.スポーツでは、勝つために対戦相手やチームを研究すると言う。上位に上がるまでは独自の研究・努力だが、上位との対戦は相手データに添う研究戦略なのだろうか?それではたとえ勝てても研究や努力、独自性や個性のステージではなのではないか?個人的・…

統合視野の構図

第一印象を持たずにいることはできない。 なぜなら、錯覚も含め、それが脳の可塑性だからだ。 インパクトの強い印象は脳を自由に活性化する。 それゆえインスピレーションは見るものを選ぶ。 参考 「触れることの科学」 デイヴィット・J・リンデン 著

リーガルデザインα(新認識論=司法形成物)

本書から新認識論=司法形成物について再考する。 本当に法は、クリエイターやアーチティストを守り、支援しているのか? 情報化社会に取り残され、「後追い」での法整備が議論されているだけではないのか? むしろ法規制があるから「新しいこと」が難しいの…

同時並列処理の直観

堀江貴文氏は、PCやスマホの先にあるものは、古くて新しい同時並列処理(編集力)であるとする。これは直観的(多動的)に理解できる。 かつて大宅壮一氏は「無思想人」宣言し、タレントという文化人のジャンルを作る。無思想というのは「無人格」という事…

「最小作用の原理」と「アンチエージング」

人体は、「必要最小限」の鉄しか持たないことによって、「感染症の予防」に役立てている。 病原菌を「兵糧攻め」にするために、貧血は細菌から身を守る高度な「防衛機能」である。 つまり鉄の代謝に焦点を当てることは、伝染病から身を守る人体の「免疫の仕…

人間の癖(時間)と科学

「原因と結果」は、時間的に存在しない。ただ「文脈」という多世界解釈があるだけだ。つまり人間の受け取り方では、「大量の並列処理」はできないから、時間に置き換えられてしまうのだ。 この考え方によれば、過去と未来の両方が現在の状態を決めるという多…

「超無知」の誕生(文脈的知識の欠落と外部委託)

インターネットは、自分が何を知らないかに対し、「無自覚」にしてしまう。不完全な知識は最終的に「歪んだ心の世界地図」をつくる。トリビアな質問に答える能力は、実は高質の知識(再現性)であり、ものごとを知ることの実際の価値である。「文脈」を知ら…

自己批判と自己相対化(現代コミュニケーション論批判)

プロテスタンティズムは「協調性」を身に付けた宗教リフォームである。排他的なナショナリズムや、多様性を許さない社会に対して、「否」を言うことができる多元化の容認である。それは自己批判と自己相対化の原理を、歴史の悲惨から学んだということである。…

揺れる思い(科学哲学と経済哲学の横断知)

振動するものが世界を作ると古代の哲学者は言った。 「偶然の一致」は、実際それほどでもない。横断的知識が豊富であれば、4項目くらいでも数字は合致する。それが真の大数法則である。より重い物体が、一番上へ移動するというのも、エネルギーの平衡状態の…

「テイラー・スウィフトとオーケストラの幸せな関係」世界一キュートなクラシックのパトロン

本書は名著である。 歴史を知らぬ者は、音楽になっていない。 DJ的センスやリミックスする創造力は、「再現芸術」にとっては必須である。同じもの(反復と差異)が心で鳴り響かない限り、それは再現ではない。風に吹かれて口ずさむも良し。 キーワード:グ…

ライフコース

ライフコースは、個々人の嗜好に従って意図的に選択されることもあれば、「気がついたらそうなっていた」と認識されていることもある。 成人期への移行完了局面での脱標準化は、経済の低成長期への突入と産業構造の変化、都市化の進展を背景として生まれた。…

根源的現象との出会いと経験

「存在の開示性」としての「美」を、アウグスティヌス氏は「存在の言語性」とし、トマス・アクィナス氏はそれを、[存在が隠されていた自己を顕す仕方の一つ]とした。つまり[完全な表現]であればそれは「美」であるとボナヴェントゥラ氏は評した。「存在する…

毎週

「探し物」は、「人間の途中」であることかもしれない。 参考 日本テレビ 「フランケンシュタインの恋」