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差延の開始

中村真一郎「死の影の下に」の印象・・・・井村君江氏 「動物の死」にはすぐに納得が行く。それは生きていることの「終わり」を意味するからだ。しかし人の死は山奥で死ぬ静かな動物の死とは異なる。煩雑な法律的経済的習慣的な社会機構が現われる「開幕の合…

リスクの「あり方」

リスクの存在は、機械警備上は監視社会にある。しかしそれは「タイムライン上」にはない。 - 誘導と流動の抑止差異について - 参考 「日本経済と警備業」ゼロから3兆円産業への軌跡 遠藤保雄 著

劣化する「発見」

「劣化する環境」は相互作用から起こる。しかもそれは「交流」のない相互作用である。 「ファイトプラズマ」は、「動物マイコプラズマ」という「異分野」との「交流」から生まれる。「見えて」はいたが、この横断交流がなければ、「発見」とはならなかったの…

新プライバシー理論

プライバシーはそもそも「存在する」のか、「存在しない」のか?「必要」なのか「不必要」なのか? 科学的証明なら「存在しない」を突き詰めて行き、「必要」の問題は考えない。 安全とプライバシーは、ゼロサムのトレードオフ関係にあるのか?もしあるなら…

「形式上の個人」と「事実上の個人」

本書は解放感をめぐる冒険である。 共同体の姿をまね、本当の共同体をゼロからつくると約束しながら、実際には、そうした共同体の形成を妨害する個人は確かにいる。 「形式上の個人」を待つ運命と、「事実上の個人」の運命のあいだの渡りきれない、あるいは…

持続可能性の真意

人は疑うより、信じやすい。信仰も科学もそれについては同じだ。 「認知的錯覚」は「視覚的錯覚」と同じくらい持続性の高いメンタルの罠である。 これは知的クイズではない。現実生活を破壊する可能性が高いから、「行動経済学」や「相対性理論」は真実を求…

システム論(トーマス・A・エジソン)

離散数学はグラフとネットワーク、すなわち人間が「集団・集合生活」するために必要な「網」を理解する。 自然は科学的対象においては「自分自身」と向かい合っている。探究の対象はもはや自然自身ではなく、人間の質問にかけられた自然だからだ。自然は単体…

フロイトからユングへ

「エディプス・コンプレックス」は「アンチ・オイディプス」と解釈され直す。スフィンクスは父親ではなく母親である。ここから人間の主体性がスタートする。 宇宙は劣化しているが、人間は進化上にあると解釈されている。しかし人間も「自己喪失」を含む「惰…

世界制覇から雇用確保へ

どうやったら「ミッション」を達成できるのかを自分の頭で考えることは、「プログラミング」の本質にある。 中国もアメリカも、今は「世界制覇」より「雇用の確保」に関心がある。ならばアメリカのような軍需=雇用の強さや、日本の英語教育やイノベーション…

写像と知

人は「ものにしよう」とする時、まず「写像」する。そして人にはそれは、「文様」となり「装飾」となる。この装飾なり文様は、実は「抽象」というものに、限りなく接近する必然性を持つ。そしてその抽象化は「知」であり、物事の本質に迫ろうとする。ゆえに…

国民代表の意味

本書の名文を国民は知る必要・権利があるから引用する。 ー 国民代表の意味は、「命令的委任の禁止」から生まれる「自由委任の原理」である。これはフランス革命期の「国民」主権論を前提として、私法上の「委任・代理」理論を「選挙・代表」関係に借用した…

文化人類学のプログラム

「クラウド概念」から生まれた「シェアリング」は新たな「剰余価値」を生む。これは従来の「余剰」を「再生産」に活かすことではない。クラウド資本主義にはそれ以上の「贈与」がある。記号に、機械以上の再帰性があるのは、従来の機械的再現性に剰余価値が…

孤独な群衆とハロー効果依存

例えばインターネット上で個人情報を無防備にあまり曝すことも感心できない。 参考 フジテレビ 「CRISIS(クライシス) 公安機動捜査隊特捜班」 テレビ朝日 「緊急取調室」

超絶技法

例えば「釣り」は型に過ぎない。寄ってくる雑魚を気にするでもなく、さりとて大物を狙っているわけでもない。釣りという現実から得られるものを必要としているのではなく、それを型として認識するところから、集中と新しい視界を悟るためだ。現実の必要とは…

聖母子像と才能直観

母子の愛情は現実を遥かに超えている。聖母マリア像はイエスが人の子であることを示す。その愛情は非凡な才能を育てたと言うしかない。 チャップリン氏の姿はいつも幼さを残している。母ハンナをいつもそばに連れているとしか思えない。その姿こそ彼の才能だ…

ポスト・レアリズム(印象の誕生)

芸術家集団肖像画は、「ポスト・レアリズム」(脱認識)から来る。これが「ダンディズム」という自己主張に向かう。そして直接社会(展覧会)に訴えない。これが「印象派」への先駆けとなる。 竹内洋氏が言うように、滝田樗陰氏も岩波茂雄氏も「投資こそがい…

対抗民主主義とその設定

課題を与えなくっても、考える人間は攻め込んでくる。 現実に不自然さを感じているからではなく、「変わった設定」をしてみる人間が自然に出てくるからだ。 身体だけでなく、ひとの「こころ」も進化によってデザインされたからだ。 「対抗民主主義」はこうし…

新認識論「司法的形成物」

「認識論的ー司法的形成物」は、現象学的な転回となる。転向の解釈学は、ニーチェ的永劫回帰の「反復」となる。 神仙思想によれば、繁栄は望むが、大きくなりすぎて永続的な「長生の術」を忘れてしまう可能性があることを、人類はあらためて恐れなければなら…

司法取引(センス・オブ・ワンダー)

プラトンの対話は「司法取引」と同じであった。「二人だけ」の間での話だから、安心して心開いてよいと相手を誘導し、そこから自己認識を新たにさせて行く。こうして自己認識をあらため、自分に「正直」にあることが、世界そのものを認識として変えて行く。…

HOWEVER

西田幾太郎氏、夏目漱石氏、永井荷風氏が愛した場所や店は書かれているか、あとづけられている。ビートたけし氏や芸能人たちが売れない時代に生きた場所にも今がある。しかし普通の人が立ち寄る場所や生活に思索を展開している人は今もいる。やわらかな風が…

グリ紋

完璧であるようなパフォーマンスに対し、人間認識を語る。 グリ紋は人間だけに顔に見える「絵文字」である。この絵文字は猿真似である。それは柱に「魔除け」として描かれている。しかしその柱に1本だけ逆さ柱が存在する。これはこの建物が完成していないこ…

考え方のプロフィール

考え方のプロフィールを示して置く。 集団にとって一番大切なのは、我々が自分自身に正直であることだ。個人が「特別な何か」を提供しなければ、集団に付加価値は生まれない。 「動物認知」が「比較認知」へと表現を変えた背景には、経済学における「比較生…

本志向の人間

予想がつく人格形成は、ページをめくる。 メディアは序列的(上下の格付け的)な視点で存在してはいない。人間の外部として、生態系の環境として絶えずバランスを取り上下している。 「自分の頭で考え、自分の言葉で語る」ということは、「たとえ話」を作っ…

フリーエネルギー論

人は見たいものを見る。ご都合主義で見たものになり下がる。 「冷たい暗黒物質による銀河形成論」は誰の物だろうか? SF小説の古典派経済学ともいうべき「フリーエネルギー装置」の発明は誰のものか? 発明は国家主義のものか、それとも国民経済学のものだ…

実現の本質

自分に不幸を望んでいる人はいないと思いますが、不幸にして思っていることはすべて実現します。偶然とはそれに気づかないことで、良い事を思っていればそれは幸運を呼びますが、悪い事を思考すれば不幸を実現します。人は自分が考えている通りの人間になり…

グランド経済学草稿2017

経済学と経済学史は別々に読まれるものではない。18世紀は「空間の世紀」であり、19世紀は「歴史の世紀」であった。 ここから「普遍」と「進化」の並列概念が生まれて行く。重要な「貿易」という流通「経路」が現われるからだ。これは生産力重視か、貿易重視…

新宿西口広場

やがて政治的なプロテストソングは、「四畳半フォーク」という個人的・私生活的な方向性を強める。これは無力感だろうか「懐メロ」だろうか?人恋しさは黄昏た。 ある日突然新宿西口地下広場の看板は「通路」に書き換えられた。広場が消され、通路となった人…

裏日本史としての「公界」

twitterのビジネス利用を勧められても、サラリーマンが読むわけもなく、むしろ「転向」時代を経験した博士論文提出者くらいの意欲者しか興味を持ってはくれまい、というのが本書であるが、これはこれで秀逸である。 日本の一国主義は虚偽で、それは「アジア…

ナンバーワン

「ナンバーワン」を目指してよいものがある。それは「競争」の概念ではないからだ。 例えば外科医はナンバーワンを目指すべきである。命を預ける患者は、そこにあるナンバーワンに託したいと思うのは必然だからだ。誰にとってもその望は「平等」であり、対象…

祝!

世の中に「魅力的な人」はいても、「エライ人」(偉い人間)などいません。

知られざる傑作

「人間関係」を得意と言う人でも、最大の悩みは100%人間関係です。少し意地の悪い自分がいることに、気づいているのが「自分自身」だからです。こうして人は群れるなかで排除と差別を意識します。なぜなら、自分との関係が人間関係の基礎であることに気…

イメージトレーニング(創造力)

イメージトレーニングの理解度を見る。イメージトレーニングは「想像力」による「改変」ではない。それでは「成りたい自分」にはなれない。 イメージトレーニングとは、望んだことの正確な再現性ではない。まず「心穏やかではない現在の状態」が「集中力」を…

標準教育とオーディット文化

本書は秀逸である。 「標準を作る」ことから、「標準を使う」という「適合性評価」から、新規性は生まれる。これはインターフェイスではなく、科学技術で最も重要な「再現性」の暗号化、セキュリティ化である。そしてそこから「公共財」の概念に向かう。文書…

国会中継?

甲子園の球児は、声出しを大切にする。スポーツ選手は声を出して覚醒し、士気やチームのムードを高めるが、国会議員が答弁に声を荒げたり、ヤジを飛ばしたりする必要はない。そういう「ムード」は誰の目にも不愉快である。これは支配的な「口封じ」(下品な…

輸出の意図

もしこの「新しき土」が「国策」映画を意図していたなら、外国の観客に失笑され、逆に「国辱」映画(国の恥)というレッテルの「解釈」になっていただろう。しかし当時日本は、「列強国」同等の文化的仲間入りをするために、「国際映画」を「輸出」として目…

マッカーサーからビートルズまで(鳴り物入りということはそういった・・・・・ ) 

マッカーサーもビートルズも「ジェット機」でやって来た。当時のその大音量は、支配と技術の象徴的な登場になる。犬は音で躾けるが、やがてそれは人間同士の騒音問題となる。当時のロック・コンサートの大音量は、先端と反抗の両義性を象徴していたからだ。 …

数と言葉

今では、数と言葉は分かれているが、「言葉が数」であり「数が言葉」でありえた可能性は非常に高い。

結縄

古代、文字はなかった。契約や盟約を交わす必要があれば、大きな事柄には大きな結び目をこしらえ、小さな事柄には小さい結び目をこしらえた。 結縄文字システムのいくつかの特徴は、ハングル文字およびインカの縄文字と中国の結び紐細工民芸をモデルにしてい…

無限の響き

日本を、日本語を愛してくれてありがとう。 こうして私たちはさらに無限にやさしくなれる。 参考 日本テレビ 「のどじまん ザ!ワールド」

カタログ(三次元幾何学)

「母国語」を理解でいない人に、その人は「折り紙」の動物を折っていた。そこには昔から魂を吹き込む理由があった。紙で折られた動物は家畜同様の役割と共存を担っていた。「外国語」で話す子供たちは、この動く動物たちにやさしく育てられた。お母さんがや…

公益資本主義と基幹産業のイメージ

たぶん「リーディング産業」のイメージでは、いつまでたっても「基幹産業」のイメージが浮かばないからだ。「公益」資本主義は、「ベイシックインカム」をベースにすることになる。「日系文化」を編み直すためにも。 参考 増補「21世紀の国富論」 原丈人 …

「完全敗北」の魅力と平和(ヨハネス・コメニウス)

「完全敗北」に魅了される。それが「普遍性」である。そこにある心の平和は計り知れない。期待や愛情を持ってみると、対象が思ってもみなかった多様な姿を現わす。 コメニウス氏の「パンソフィア」は、実念論と唯名論の総合という意図を反映している。彼の「…

ニーチェの文言

人に力を貸すという押し付けがましい貸付は、貨幣と精神の歪みを道徳化・美化してきた。そこから生まれた格差と差別と赤字予算と無駄なイノベーションに直面しているのは誰か?

「半主権国家」という歴史的キーワード

ドイツは「半主権国家」である。 現代西欧においては、歴史的なサテュロス的柔軟性を持つ。戦争悲惨・ベルリンの壁崩壊・EUにあって、そのかじ取りは両義性を体現してきた。連邦と州の関係も米国とは違う実験室であることから、その適応性が未来を開けるか…

ヒストリーとストーリー

「告白」の世俗的意味は、「参りました」という、相手に対する「完全敗北」宣言である。しかし相手も実はそうだったということで、それは不思議と実る。そうして敗北したお互いの魅力は、尊重と成長の糧(相乗効果)となる。恋愛の修辞学である。 しかしここ…

自由意志論

「江戸遊学」の頼山陽氏と「江戸趣味」の永井荷風氏の違いは、「蒐集と実作と研究」の位相である。「テクストとテクストの間で生まれ成長する図書館現象」(ミシェル・フーコー氏)であるかどうかがその後を決める。アウグスティヌス氏のように「個人の自由…

唯名論(eー環境主義)

eー環境主義は、「会話の上流」に向かって思考する。なぜなら技術にフォーカスを当てるのではなく、それに囲まれている我々の姿を解き明かしていくからだ。そこにあるのが「技術の中間性」(ユーザーという韻を踏む)という概念である。情報に踊らされる「サ…

アヴェロエス主義とD・ヒューム

アヴェロエス主義の二重真理説には、「占星術」と「ヘルメス主義」が隠れている。ヘルメス主義の「大宇宙と小宇宙」にも、占星術にも、「配置の形相」という考えがあり、配置論ゆえにそれが矛盾することはなかった。 アラビアのアリストテレス主義と新プラト…

「過剰な自己供与」と贈与論の差異

岩井克人氏の「貨幣論」では、「貨幣という存在はみずからの存在の根拠をみずからつくりだしている存在」で、「無限の循環論法によって、宙づり的に支えられているにすぎない」存在である。そしてそれは「無限の未来からの贈与」のようなものだ。他者に受け…

視覚の革命

見えるようになってから、見られるものすべては形を変えて来たと思われる。 参考 「思考のすごい力」心はいかにして細胞をコントロールするか ブルース・リプトン 著 「IoTの衝撃」 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 編集部 増補新版「地底か…