イノベーション=雇用(言語論的転回)

本書は秀逸である。

まず本書のタイトルから気づかなければならない。この本を雇用する理由がそこにある。

顧客は問題解決をどう考えているのか。生産・消費・購入ではない。雇用による大きさを求めているのだ。それは持続可能性でもある。

言葉を置き換える。運に頼る開発ではなく、その用品を「雇用」するかという視点である。彼らはジョブを不満足に片付けるよりは、何も雇用しない方を選ぶ。顧客があなたのプロダクト/サービスを雇用して片付けたいジョブは何か?

ジョブから見えるのは雇用である。顧客満足は雇用、経済成長に確実に接続できるのである。「顧客が雇用したがる」とは、あらかじめ予測できるプロダクト/サービスなのだ。それは社会経済に確実に末広がりを示す。

 

参考

「ジョブ理論」イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム  クレイトン・M・クリステンセン 著

責任(外部に対する責任)

責任を定義すると、それは「責任転嫁」と正体される。責任は人間を超越する。つまり責任は主体の外部にあるという伝統(神的道徳)から、責任現象は「虚構」であると証言される。

ゆえにこの秩序の源を「外部」に投影する伝統社会では、不幸の最終責任は本人にはない。そして虚構のない世界に現在の人間が生きられない理由は、近代の主体が逆流したからである。つまり社会秩序を根拠づける「外部」は、根拠がなくても生み出され続けなければならなくなったのである。

 

キーワード:転嫁=根拠=虚構

 

参考

「責任という虚構」    小坂井敏晶 著

合同式

二次差を使う補間法は、一次合同方程式を解く必要から生まれたが、「物、数を知らず」という問題の解法であった。

またインドと中国の数学交流の底でそれは、「位取り記数法」に割り当てられた。

 

キーワード:オイラー ラグランジュ ガウス 中国剰余定理

 

参考

「中国数学史」    銭宝琮 編

大正デモクラシーの理解

本書は秀逸である。

キリスト教精神が、教会の占有物ではなく、普遍的精神であると考えれば、日本における「在野の人格」たる神社神道が逆に、国家占有の宗教と見なされる必要もないことが分かる。そのことがフレイザー氏「金枝篇」の伝える「固有信仰=世界民俗学」の真実である。

つまり吉野氏も柳田氏も、上記のように民間世論形成過程に主を置いたことから、その普遍性と在野の融合に大正デモクラシーの必然を見たのである。

 

参考

吉野作造柳田国男大正デモクラシーが生んだ「在野の精神」    田澤晴子 著

反共感論

「共感」にだまされなければ、本当に悪い人間は実に多そうだ。

それが時代の潮流である。SNS感覚に惑わされないプラットフォームを!

 

参考

日本テレビ 「Missデビル 人事の悪魔・椿眞子」

フジテレビ 「コンフィデンスマンJP」

「反共感論」社会はいかに判断を誤るか/   ポール・ブルーム 著

エリゼ宮

「常に欲求不満に苦しむギャンブル依存のような賭けを繰り返す自由人」

ジャック・アタリ氏(アタリ委員会)との関係のなかで、「システムは正当なエリートもつくりだす」と言わしめた。ロチルド銀行はフランスのシステム(エリゼ宮へ続く)であったからだ。そして大衆誌を利用し「政治家のセレブ化」という戦略から知名度を上げたのもまたマクロン氏である。

 

キーワード:ロチルド銀行 アタリ委員会 政治家のセレブ化

 

参考

エマニュエル・マクロン」フランス大統領に上り詰めた完璧な青年    アンヌ・フルダ 著

労働経済学

残業をしなくてよいのは、夫婦共働きの男女雇用機会均等法に支えられた正社員夫婦だけである。

しかしこの均衡点が、幼児と未来に望まれるものだろうか?

基本給の倍底上げのほうが、望まれる選択である。

 

 

参考

第7版「労働法」   水町勇一郎 著