技術的な体験制御が再分配を免除するか?

宮台真司氏の思想を拡大する。

サラリーマン社会と技術体験は、独我論を拡大した。

分配だけされてきた、分配しか知らない世代は、自分たちが「再分配」の上に成り立っていることを完全に忘れた。なぜなら、社会を経由して再分配しようとする「意欲」が決定的に欠けているからである。

 

参考

「きみがモテれば、社会は変わる。」   宮台真司 著

 

〈なりすまし〉系

ゴダール風の言説を本書で満喫する。

 

*世界はそもそも「デタラメ」である。ゆえに「なりすましてまで」この「クソ社会」を生きることはない。(なりすまし系の背景)

*長い歴史を背景に置けば「太古の記憶」こそが悠久の現実で、私たちが現実だと思う「クソ社会」こそ夢に過ぎない。

*あってはならないものが、ある。(世でない違和感)

*〈なりすまし〉を自覚する者の「連帯」。

*不可能な「処方箋を生きること」の現在。

*端末もデタラメ、頂点もデタラメ。

*言語はミソもクソも一緒にできる。その言語の錯覚が非人道性の根源である。

*不完全な社会で不完全な人間たちが用いるテクノロジーによって引き起こされるデタラメな人倫破壊。

*〈なりすまし〉自動機械を止める。

*嘘を欲望するようになった観客。

*「FAKE」〈社会も愛もそもそも不可能である〉ことに照準する映画が目立つ。

*まともに見えるものは実はまともじゃない。

*弱者でなくなった途端に「美」は消えよう。

*初期の直接性が失われてきたように感じる。

*勇気づけられる左右の愚昧さと、「破壊の享楽」の不完全性。

*技術的な体験制御が再分配を免除するか?

 

参考

「正義から享楽へ」映画は近代の幻を暴く 〈映画批評 2015-2016〉   宮台真司 著 

分断と分散

分子系統学においては、必ずしも時間的な効率だけが重要ではない。使い分けの方がむしろ重要である。

集団が地理的に隔離される仕組みには、大きく分けて「分断と分散」があるが、動物集団としての移動は、元来の生息地から新天地への一方向だけでなく、逆戻りすることも考えられる。

その意味で、ほとんどの種は、分断と分散を「タイミング」として経験しているのである。

 

参考

「哺乳類の生物地理学」     増田隆一 著

失敗と宗教について

出來の良い社会なら、成功者など必要ないし、生まれもしない。出来の悪い社会だから、成功者と失敗者に分かれるのである。

成功者でもないくせに人の「失敗」を喜び笑う者や、煩悩から「解脱」させてやると言い、人の煩悩を巧みに操る宗教に対し、翻訳の問題と西洋思想の影響を考える。

 

1、まず「独座の瞑想」という訳は、「宴座」「宴黙」と訳される。黙っていられぬ人間はコミュニケーション能力以下である。翻訳とは人間良心の暗黙の了解を示す高度である。

2、先住民の実態と移住民族の経過の詳細は、今日不明である。先住民が遊牧民、漂浪民となっていることもある。

3、西洋がキリスト教の最終審判に代表される終末論であるのに対し、東洋は業の思想によって「終わりなきことへの恐怖」、すなわち輪廻転生のリゴリズムを打ち立てた。

4、では個人の行為重視(業因果説)が、いかに社会の説明へと連なるか?

もし業を後ろ向きに考えれば、厭世観や宿命論への転落は免れない。

 

参考

「古代インド哲学史概説」   金岡秀友 著

 

役立つ伝説(共有財産)

簡単なことだが、昔と今では厳しさが違う?それは「成功」から「出世」の人生にすり替わったからだ。競争は個人の利益にはなっても、成功のように共有財産にはならない。出世したがるひとが少ないのは、そこに成功体験がないからではなく、成功の魅力がナラティブ(伝説)の構造をもたないからだ。出世は失敗を隠す。罪の数(命名)を増やす出世社会とモンスターの登場は無縁ではない。その意味で本書は明快だ。

1、人はウソを隠すのではなく信じ込む

2、「犯人探し」とはバイアスとの闘いである

 過去と現在の何が違うのか?人の魅力が足りないのである。

 

キーワード:隠蔽体質 モンスター 

 

参考

「失敗の科学」失敗から学習する組織、学習できない組織   マシュー・サイド 著

算盤(町衆の生活)

林屋氏の視野は広い。芸能、遊芸等の伝統文化を、町衆論のなかに融合させている。

素庵氏の興味もまた幅広く、「嵯峨本」世界の風流が、町人社会のための「塵劫記」の出版に行き着いたとしても、それは何の不思議もないと思わせるのが、本書である。

 

参考

「角倉素庵」   林屋辰三郎 著

分野の壁がない建築(アートと科学の日本)

「アートと科学の結合が競争優位を生む」という「ガラパゴス・クール」は、下記のように説明されるとわかりやすい。

日本の建築家は建物のデザインに限らず、欧米の建築家から見ればあまりにも無益な、あるいはくだらないとみなされるような分野のデザインも手掛ける。家具、織物、筆記具、食器、電車の内装、そしてチョコレートでさえも手掛ける。アクセサリーのデザインにも誇りを持って仕事をする。そしてこの経験が、さらに幅広い分野で想像力を働かす機会を与えるのである。

 

参考

ガラパゴス・クール」日本再発見のための11のプログラム  船橋洋一 編著