閲覧の本質

大規模な現象はなかなか見られない現代ではあるが、ミクロからマクロへの反転を可能にしている瞬間は必ずあり、それがいずれ大きな社会的変化につながる場合がある。

最近のゲームの楽しみ方は「やる」以外に「観る」という行為があり、それが最後には閲覧文化となりつつある。

そしてその「閲覧」と言う行為が、「複数のプラットフォーム」を「個人」が「横断」すると言うかたちで、マクロが生成・形成されているのであると考えられる。

 

参考

「現代文化への社会学」    高野光平 加島卓 飯田豊 編著

刑事責任と行政責任の現在

「保険制度」も曖昧のまま、産業界も「バスに乗り遅れまいとする考慮からか、各社が競って原子力産業に飛びついた」傾向から考えて、日本の場合にも事故調査と責任追及においては、「刑事責任」追及よりも「行政責任」追及が前提であった方が望ましと本書は言う。

刑事責任追及は安上がりだが、「後悔しない政策」のためにも、技術進展の複合のためにも、交通安全分野においてすでに導入されている「パーティー・システム」と被害者支援のような、行政責任で進めることは今後重要である。

 

キーワード:BPMC NTSB

 

参考

「科学技術と政治」   城山英明 著

離散数学 民主化 自動化(AI) 

一定の技術が民主化をもたらすことも、権威主義体制(技術決定論)をもたらすこともある。技術が利用され、埋め込まれた社会経済システムのあり方は技術の社会的決定論である。

いま情報技術の進展は政治のあり方の変容をもたらしつつある。軍事技術の発展が民生技術を規定してきたように。選挙あるいはサイバー攻撃において。

しかしもともと技術が民主化を無意識に自助したと言うのが歴史の本質(本音)である。それを示すのが「離散数学」の発見とその進展である。もし政治的ドライバーがあったとすれば、それはまさしく離散数学による自動化と自己完結性である。

ネットワークとグラフは、道路網、鉄道網、空路網などの交通網、製品などの流れを表す物流網、水路網、情報の流れを表す通信網や、電気回路網、LSI回路網、故障などの因果関係を示すシステム図、プラント構成図、原子の結びつきを表す化学構造、概念構造、社会的ネットワーク、企業の組織図は、必然的に民主化の構造を担うべき構造を持っていて、それがただ離散数学として発見され、それに沿っただけで、政治の方法論や恣意の結果ではないと考えられる。

そして離散数学は、データー構造とアルゴリズムを持つことからコンピュータ・ネットワームのより大きな介入化を必要不可欠として、最終目的の最適化を目指す現代に至ったとみるべきである。離散数学にはグラフ、ネットワーク、アルゴリズム、データ構造、最適化問題のすべてがあらかじめ含有されていたと考えるべきで、政治思考や政策は何もしてこなかったとみるべきである。

 

キーワード:離散数学 順序集合 文字列の照合 スケジューリング 離散最適化問題 動的計画法 分枝限定法 アニーリング法 遺伝アルゴリズム 民主主義 インフラ 公共政策

 

参考

「科学技術と政治」   城山英明 著

岩波講座応用数学基礎12「離散数学」   藤重悟 著

岩波講座応用数学方法8「離散最適化法とアルゴリズム」   茨木俊秀 著

肯定的な水準

なぜ法はその保護を、感覚あるあらゆる存在に対して与えれはならないのだろう?人間が法の保護を呼吸するあらゆる者に拡げる時が来るだろう。われわれは奴隷の状態に注意することによってそれを始めた。われわれは自分たちの労働を助け自分たちに必要なものを与えるすべての動物の状態を改善させることでそれを終わらせるだろう。(ジェレミーベンサム「刑法原理」)

これはIT関連に関する奴隷化にもすべて当てはまる。功利主義はわれわれの道徳的思考の限界を検討するようわれわれに促し、われわれがしばしば考慮外に置く者の利益を考慮する。

われわれは何を最大化すべきなのか?幸福とは対象ではなく、心理的な状態、方向、傾向性である。そしてもし傾向性としてそれを理解するならば、内在的価値を持つのは幸福それ自体ではなく、むしろ傾向性が持つ「肯定的な感覚」である。

 

参考

功利主義とは何か」   カタジナ・デ・ラザリ=ラデク  ピーター・シンガー 著

原作が作者不詳となる日まで

世界の主とライオンは会話する。生活を単に「拡大再生産」して行かない思いを語り合うのである。

「わたしは大きくはならないよ。けれども、あんたが年ごとに大きくなるにつれて、わたしはそれだけ大きく思うのだよ」と。

ただ「大きくなる」ことだけではなにも解決していない。環境に適応してゆくこと、それは翻訳とも翻案とも違う。

「ええ、植物にとっては、なんてことないでしょうけど。つまり・・・、植物には記憶というものがないから、つまり、なんであれ次の環境に移っていけばいいだけでしょう。でも、人間の場合は違う、その・・・、別の環境に自分を適応させる(アダプティング)っていうのは、堪え難いことなのよ。つまり、それって・・・逃げだから。」

 

キーワード:不可算名詞

 

参考

「C・S・ルイスの読み方」物語で真実を伝える   A・E・マクグラス 著

「映画原作派のためのアダプテーション入門」フィッツジェラルドからピンチョンまで  波戸岡景太 著

「正史」と「量子もつれ」

今でさえ、大きなすれ違いや、わけのわからない隠れたもつれはある。

気象予測の精度が上がり大規模農場化が可能になったとはいえ、規模ゆえに集中と刈り入れ時短が品質を左右し、穀物がすべて肥料や飼料に回ってしまったとき、今度はその流通と倉庫の精度連携が規模化する。そして大規模刈り入れ機は規模の経済からそう簡単には技術革新(コスト化)できない。

たえず時代は「人間とは何か」という問いを突き付けながら、何かを軸に回しているかのようにもつれてみえる。

歴史もまた人の生と共同のあり方が多数や多様性と切り離せない以上、決して完成するものではなく、歴史は過去であるはずなのに常にもつれて現代に働き続けているのである。

ゆえに歴史は複数性を持たざるを得ず、正史を確定し固定しようとする試みは不可能なのである。しかしその代わりに「概念の歴史」が新たな想像力を次々と掻き立てるのである。

 

参考

無人化と労働の未来」    コンスタンツェ・クルツ/フランク・リーガー 著

「統治の抗争史」フーコー講義1978-79     重田園江 著