依存の感覚(形而上学的不安から科学宗教的不安へ)

田中智志氏のデューイ著作集、解題『「確実性の探求」に寄せて』は、新感覚を予感させる。

そこには近代と共に忘却され放逐された「依存の感覚」が「宗教的態度」とともに回復されたことを示す。明示的には語りえない「否定神学」をこの「科学的確実性」は「依存」として示す。神から科学という確実性への新しい強い依存の復活である。

科学に対する「宗教的態度」という表現はまた、確実性に対する人間の依存的弱さを示す。

そして科学が喚起する依存の感覚は、相互依存という相互主観性の「想像力」、超越論的構想力をも暗示している。

 

フッサール氏の現象学もまた、拡張された超越論的なもの、という概念で動いているとザハヴィ氏は語る。彼の「超越論的観念論」は、経験の世界と経験の「相互主観的実践」は共に「内在的」であることを示す。

つまり経験的実在論は、超越論的観念論としてのフッサール氏の現象学を必要とすることで、本当の「実在」を構成する。

言うならばハイデガー氏の「存在忘却」(神学的形而上学的不安)を、「プラグマティズム」という「科学宗教的な依存的態度」により、実在を相互主観性という「依存的態度」により再構築するのである。

 

参考

デューイ著作4 哲学4「確実性の探求」    ジョン・デューイ 著

フッサールの遺産」現象学形而上学・超越論哲学    ダン・ザハヴィ 著

大伽藍(空)

「主は言われた。隣人よ、心貧しき者よ、なぜ私の隣に来ないのか。私には十分な用意がある。」

これは礼拝堂に集まり、自分のための祈りを訴えるお話ではない。

「私」とは用意された大きな伽藍である。そこで気づきのために、あらためて己の反響を、自身が傾聴するためだ。そしてその空のなかで、自分が満たされるために無限(自身)に奏でよ。

 

公開・競争・妨害

たぶん「公開」よりも「秘密裡」に政策が進行するのは、「競争」よりも「妨害」のほうが多いからだ。これは「ロビー活動」にも「談合」にも言えることだ。本質は「経済システム」にはなく、妨害と言う「人間心理」の問題である。

 

キーワード:復水器の特許 日章丸事件 非創造性 経済小説のプロット

 

参考

映画 「海賊とよばれた男

相関関係論

角度は回転の大きさのことである。角度が大きければ大きいほど開くのに力が必要になる。

固定観念を超え、信じても見えないものを求めて、最後に錯視の奈落を乗り越えた時、頭脳の回転力は未知を拓く。

ミトコンドリアのタンパク質翻訳速度と寿命」では、細胞内に共生するミトコンドリアと核とのコミュニケーションが寿命と大きさに関係することを、人の総細胞の90%を占める共生細菌と食(食い合い)の関係で示す。

 

参考

和算で強くなる!」    高橋誠 著

「パズルで挑戦!IQ150への道」    笹山朝生 著

「nature科学 系譜の知」    竹内薫 監修