結び目

「水」代謝は、規定された「指示」ではなく、「目印」としての豊かな「記号」である。

「伝統」もまた「継承」するものではなく、自由に対象化(記号化)するものである。「アート」と「科学」のこれからは、人と景観にも生きる。

「伸びしろ」があるものには、「技術」の先が豊かに見える。乗り越える時、必ず「目印」が見える。それは道具存在である現在の先に、「心技体」が「目立ってくる」ことだからだ。

縄はそれだけですでに道具だが、結び目をつくればそれは「言語」や「数」になる。結び目は「信号」となり交通標識のような「判断」を生む「目立つ」デザインにもなる。そしてこの判断という「意匠」は、やがて「日常化」した「埋没と隠蔽」から、新しいデザイン(知)を開示し、世界をあらたに包むのである。

 

参考

都市・地域「水代謝システムの歴史と技術」  丹保憲仁 著

「アートにとって価値とは何か」   三潴末雄 著

「勝ち続ける力」   森繁和 著

存在と時間」3   ハイデガー 著

「様々なる意匠」   小林秀雄 著

生物時間

「酸素」を必要としない可能性も十分にあり得た。しかし「消化」によるエネルギー生成を「血液循環」として選んだ。酸素を消費する種を宿すことは、不利にはならず、消化した食物からより多くのエネルギーを生成できたからだ。

当初ウイリアム・ハーベー氏は、血液循環説より発酵説に近い位置にいた。しかし発酵説は外部たる「環境循環」を支えていたのであり、直接エネルギー生成を支えてはいなかった。微生物や発酵過程(細菌類)は、「病原菌」でもあったため、脊椎動物は酸素利用による「温血」という侵入防護機能をむしろ選んだのである。だからルイ・パスツール氏はその後から来たのである。

こうして心臓によるリズムは、代謝スケールと毛細管の関係を「生物時間」として両立させたのである。

 

 キーワード:免疫 抗生物質 骨格筋 運動能力 

 

参考

「血液の歴史」  ダグラス・スター 著

「心臓の科学史」  ロブ・ダン 著

「インスリン抵抗性と生活習慣病」    島本和明 編集

アルツハイマー病を治せ!」   NHKスペシャル取材班 著

 

バーチャルエスノグラフィー

定着者とのコミュニケーションは取れないが、仮想空間では自己と対話できる特殊能力は、定住者の発想を超えるものがある。(構造人類学)

ここには日常を「現象学的還元」できる生活世界がある。(フッサール氏・ハイデガー氏)

過剰な情報を過剰なまま取り込んでいるパワーワールドの世界は、固定的な視点を超えているのである。アバターは、直接「自己を知ること」(鏡)につながるのである。

 

参考

「ハイパーワールド」    池上英子 著

リスク回避からデザインへ

隈研吾氏は「負ける建築」という概念を打ち立てる。どこかノスタルジックな空間創造は、都市においては、直接テーマパークの考えにつながるからだ。

水戸岡鋭治氏は、デザインにおける「質感」を大切にする。良質な素材の触感は、直接肌で触れる情操教育(創造)につながり、素材に対する正しい扱いがマナーを育てると言う。

質の良い素材を使うと「傷つけられる」と考えることは、リスク回避というよりも、人を育てない性悪説であると考えられるからだ。

 

参考

『デザインが「交通社会」を変える』   (財)国際交通安全学会 編

空洞化

推理というのは、事実というよりも可能性であり、事件が解決したと思うのは間違いだ。探偵自身も事件の構造と同じで、「空洞化」した「入れ子構造」で通底している。だからこそ、それは常に「再考させる装置」である。こうして戦後人々は、「自己言及の対象」として、「自分を空洞化させる物語装置」を量産したのである。

 

参考

「乱歩と正史」   内田隆三 著

再現性の科学(生活世界と生物時計)

法医昆虫学等は、従来の動物行動学(ローレンツティンバーゲン)を超えて、さらに「犬」等の「能力利用」を超えて、「生物時計」としての犯行現場・事故現場を「再現」して行くであろう。

 

キーワード:自然観察 生活世界 再現性の科学

 

参考

「科学捜査ケースファイル」  ヴァル・マクダーミド 著

フジテレビ 「警視庁いきもの係

アクセス開放型秩序(属人性と物神性)

本書は人格(気まぐれ・私人)と制度(秩序・公)を巧みに比較する。

まず自然国家は、私人としてのエリート間支配調整(時々の気まぐれ)により「暴力支配を防ぐ」という「上部構造」を持った。そこでは暴力が実際に使用されれば、「特権の価値」が減じられたことで、下部構造はその関係に満足していた。やがてそれが私人の恣意性ではなく「法の支配」という「戸口条件」をつくり、制度の安定性から信頼を肥大化して行ったのが、軍事国家(法の支配)という「アクセス制限型秩序」(公)の逆説的誕生である。そしてこの「非属人」な関係の肥大が、皮肉にも「アクセス開放型秩序」を誕生させたのである。つまりこの開放型は、「属人的な多様性」ではなく、「物神的な多様性」への「アクセス」だけを開放したのである。

 

参考

「暴力と社会秩序」 ダグラス・C・ノース ジョン・ジョセフ・ウォリス バリー・R・ワインガスト 著