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主流と潮流

我々は知っている。知っていることからしか統合や潮流へは向えない。まるでノーベル賞受賞の潮流のようなものだ。様々なものを多元的に巻き込んで主流(受賞)となっている。

「大きな変革」が起きるためには、世界はその準備ができていなくてはならない。しかしそれは、以前から知ってはいたが、主流にはならない多元的なひとコマからはじまる。そこからおそらく違った理由によってであっても、「同じ結論に達する」という無意識の主流作成に合流したのである。

変容は既にそれ以前から、それとは違った都市機能、用途、ニーズがあったところでおきる。ゆえに潮流としても多元は最初に衝突を生む。だからそこで発生する社会問題を回避するために、「規制システム」を必要とする。それは地区の変容でによって生じる利益を、その「地区全体が共有する」ために、政府の役割を示唆しているのである。

 

参考

『「正しい政策」がないならどうすべきか』政策のための哲学   ジョナサン・ウルフ 著

トリノの奇跡』「縮小都市」の産業構造転換と再生   脱工業化都市研究会 編著

「囲い込み」考

「 囲い込み」は歴史上2回行われた。一度目は「個人」により、二度目は「議会」によって。本書は、尊重、協力関係、愛情、虐待について書かれている。しかし私はこの「神の考案した動物」から、数学における「集合論」という産業革命的技術経済論の展開を語る。

人口増加による食料需要の膨大さゆえに、心の通う絆は築けなくなる。動物と人間との親密な関係(衣食住)は、人間同士の関わりと同様に、つまるところは「一対一の関係」だったが、ある意味ロバは頭数があまりに多かったために、単に荷を運ぶ動物になり果てた。希少性であれば別の用途に向かったはずである。

やがて親密な関係は消え失せ、「所有」することで「尊敬」され、「誇りを感じる」人類がうまれた。この囲い込みという「排他性」は、「集合論」の「数理」に支えられ、「所有権」と「移動性」と「交換論」の「写像」(経済)に「織り込まれ」、技術化されて行く。そしてここに集合論が引き起こす矛盾した感情や態度が「関係」のなかに誕生したのである。

 

 参考

「人類と家畜の世界史」   ブライアン・フェイガン 著

個人の分析を超越する(同士)

「物語」に影響を受けて人生を選択した人は多い。マンガ・ドラマ・映画・小説、物語は必ずしもサクセス・ストーリーとなる保証はないが、動機付けとしては、学歴より崇高である。そこには間違いなく「志の構造」があるからだ。

人生は因果的決定論ではない。個人の分析を超えている「自由な主体」である。その決められ方が因果関係でしかないなら、われわれは決して同士ではない。

決められ方は完全に分離され「他者の営み」へと外在的に持ち出されてしまうものではない。主体の人格性と内在的かつ継続的にかかわり続ける物語である。実質それは本人が自分の物語を自分で語れるかどうかの違いに関わってくる。

つまり物語は、自分がしたこと、自分に起こったこと、自分が目撃したことについて、ある種の説明を与えるようにと要求するものである。そしてもしそれが個人の分析を超えていれば、それは不合理を超えていることになる。

 

参考

「不合理性の哲学」利己的なわれわれはなぜ協調できるのか   中村隆文 著

数学セミナー(動力学的に考える)

「近い考え」はどこから来るのか?

 

1、白黒対称(回転・鏡映・裏返し)

彩色群は線条を引き出す(有限図形の対称性と反対称性)。

2、基本領地(タイル・モザイク・寄木細工)

鏡面(切り口)の直線は基本領地の境界になっている。

3、色の置換群による表現の問題

結晶物理学は幾何学的な形の対称性ばかりでなく、色のぬり分け問題も考えなければならなかった。

4、格子の桟

波動現象での時間的または空間的なうねりということは、格子の桟が重なって起こる「影」の現象に対応してはいるが、整流のような非線形操作を加えなければうねりはつかまらない。そして影は早く動く、それが「群の速さ」という物理現象である。

5.トーラスと閉曲面(裏表と隣り合わせ)

最短経路問題と錯覚・錯視。

6、数の役割(複素関数・楕円関数・フーリエ級数

縞は「表現論」の目的である。

7、回折格子(等間隔の線条)

たたみ込みと掛け算は、本当の格子空間と逆格子の空間に対応する操作である。

8、統計力学とイジング模型(協力現象)

強磁性(黒の隣りには白が、白の隣りには黒が現われる傾向が強いとき)

強磁性(黒の隣りには黒が、白の隣りには白が現われる傾向が強いとき)

 

参考

伏見康治コレクション1「紋様の科学」   伏見康治 著   江沢洋 解説

市民社会から労働者団結の時代へ

ハル・ノートを「経済制裁」とみると、時代は一変する。

保護主義」は「経済制裁」であり、「外交」でもなければ「司法」でもないからだ。そしてこれは「自衛権」の拡大解釈である。

しかしこれから本当に登場するのが、古くて新しい「万国の労働者の団結」である。労働者協働主義(フェビアン・ユニオン等)に近いものである。

かつてアメリカの理想が「連邦裁判所」とされ、その理念が「常設国際司法裁判所」にいたる道は、世界に開けたが、いまや経済制裁保護主義)が紛争の引き金や特定産業保護による格差につながる以上、国家でもグローバル(底辺への競争)でもなく、インターナショナル(労働者の団結)による。現代では「経済の危機」ではなく、「労働者の危機」が、「先端科学技術」でも予感されているからである。

 

キーワード:市民社会から労働者の団結へ

 

参考

経済制裁と戦争決断」    佐藤元英 著

「安達峰一郎」日本の外交官から世界の裁判官へ   柳原正治・篠原初枝 編

 

「からくり」の発想と「錯視」

「錯視」が示すのは、「機構」である。

人間の発想は「からくり」思想から生まれ、「からくり」でしか表現できないことを示す。しかしそれを人間はすべて承知の上で、売り買し・驚き・笑い・楽しみ・泣き・悲しむのである。

 

キーワード:トリックスター 「宗教と科学」の歴史的類似両義性 心

面白いサイエンス

 人間だけが錯視を錯視として認識する。錯視は基本的には「重ね合わせ」と「組み合わせ」である。

集合・論理演算は「ベン図」の派生から、色光の三原色による加法混合・色料の三原色による減法混合は「円環」で再現される錯視である。また「拡張された作図問題」は「折り紙」や「方眼上」で展開される錯視という「投影法」である。ここにはゲシュタルト心理学の「よい連続の要因」という「知覚」と「物理」のあいだに「連続体仮説」を成立させる。そして「刺激図形」は「パーツ分解」されるとその効力を失うことから「接合部」こそ重要であることわかる。

解が定まらない「不良設定問題」を人間の「視覚系」は、「トリック」を用いることで問題解決する。それが錯視というトリックである。「明るさの恒常性」はこのトリックという錯視認識上に成り立つ。そして「安定透明視」では、図地分離のあり方も一意に定まり、視覚ファントムの特性と一致する。

こうして「不可能図形」は、人間の先験的「推移律」の存在を真理として再認識させるのである。


参考

おもしろサイエンス「錯視の科学」  北岡明佳 著